島の看護師さんになってよかったわ。

 ただいまのオレ、少し酔ってます。

なんでかって??

 ぐっすりやれやって事で、ちょいとばかし呑んできた。

どこで?

 お葬式で。

 最近覚えた隠岐弁「ぐっすりやれや。」

沢山呑みなさいって事の中に、しっかり呑んで楽しんでねって意味も含まれる

やさしい言葉と同時に上の人に言われたら呑まないとだめなんでちょっと怖い言葉。

って、調子にすぐのるオレじゃけん、またまた呑んでしまうんじゃけどな。



 そんな話はどうでもいい。

オレが看護師になろうって思ったきっかけは高校の時のヘルパーの実習。

高校は総合学科っていう、好きな科目を勉強してくださいって学校っで。

美術ばっかりの人や商業や、体育ばっかりしてた人も。

 その中でオレは、ヘルパー2級の実習で、ヘルパーさんについて老夫婦の家に

行って、高校生のオレじゃけん何もできんけど、おじいちゃんが池に飛び込んで人を

助けて表彰されたっていう話をうれしそうにしてくれたんす。

 そんな他愛もない生活を支えたいなって事で俺は看護師を目指しました。

高校も御覧の通り、勉強出来ない学校だったし、看護学校も私立の三流専門学校。

今となっちゃ、島前病院でも国立大卒や有名看護大卒の看護師と一緒に働いて勝手に

学歴コンプレックス感じまってる。

 仕事は負けないってがんばるよ。

運動も出来ないんで、小学校の時の野球のじゃんけんのチーム分けではびり。

 やっと看護学校も躓きながら卒業し、看護師になったけど、大きな組織に適応出来ず

 THE現代人の死にたいってよりも消えたいって思った事も。

そして、ひょんな事から隠岐に。

 いいとこなんか、なーーーーーーーーんにもない自分。


 仕事が充実すれば人生も充実するって思って隠岐に来たけど

隠岐を楽しんで充実されてくれる理由は、島前病院も一理あるけど、小向二組

(オレの住んでいる地区のまた小さい組)や隠岐の

みなさんであるって事もあります。

 会ったら野菜くれたり、魚くれたり。祭りでは呑めやって言ってぜんぜん知らん

のに気使ってくれて。

 オレ、島の中で看護師で働いているけど、看護の対価は入院費で払っているから

結局、島のために何役だってるかな?って事も。

 そんな中、近所のおばぁちゃんが調子悪いって知って、顔のぞかせに行ったら

「あかざわさんかって?!」って声かけてくれてちょっとお話。

 本人とご家族の希望で最期まで在宅での希望でした。

 2回くらい顔覗かせて調子悪そうって聞いて、余計に足が遠のいちゃって

行こうかなってもったけど結局行けず、その晩。

 訪問看護師の前田センパイ(プライベートではさぁちゃん。)から電話あって

「ちょっと様子見てきて、見てきて!!」

って、速攻おばあちゃんちに走って言って、あわあわしながらパイセンに、先生呼んできてって電話。

 そして、死亡確認。

その後、前田センパイとオレで死後の処置をしました。

ちょっと看護的になると、清拭の時はグリーフケアの意味も含めてご家族の方と

一緒に行いました。

 隠岐・西ノ島の小向という地区でオレは生活しています。

その中で、このおばあちゃんからオレは野菜をもらいました。

夏は海に行く時に会うと、気をつけてなって言ってくれました。

 オレには何にもないけど、看護ってものがあったんで

最期に、それって看護かっていう定義分からないけど

おばあちゃん、ご家族の方含めて少しはお役に立てたんじゃないかと思いました。

 まぁ、ほぼ前田センパイのお手伝いだったけど。


そして、お通夜に行きたかったけど、仕事が忙しすぎて、次の日のお葬式の夜に。

「だっだーーこのおつぁんは~?」誰ですか?このおじさんは?

 と言われながら、27歳のあかざわです、お願いします。

と言いながら、おばあちゃんの親族一同の中にオレ一人。

アウェイだけど、なんか居心地いい。ちょっと呑んだけんかな。


 社会の歯車を言われればカチンとくるけど

小向の歯車と言われれば、なんかうれしい。


 今までずっと元気だったけんそのまま生きるんじゃけぇかって思ったけど

人間だもんね。

 看護師って枠を外せば外すほどなんだかいろいろ悔いは残るけど、

 おばあちゃん、いろんなこと教えてくれてありがとな。



    
 ご冥福をお祈りします。

                                                あかざわ

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